「1984年」 / ジョージ・オーウェル

こんばんは、コタローです!

読む本がないと不安がってはいたが、
単に自分の見聞の範囲が狭いだけの話しで
良書というものは限りなくあるものかもしれない。
本書も著作権がとっくに切れている
50年以上前に書かれたものだが、
のっけから異様な雰囲気に引き込まれる。
(あまり引き込まれると偏る可能性はあるが
こんな考え方もあるという程度に)

DSCF1221 20150621 


国家統治のスローガン

戦争は平和
自由は隷属
無知は強さ

人間の支配はどこまで可能か?
権力は個人の行動だけでなく、
内面までも支配することができるのか?

babe1540[1]

「自分は既に死刑なのだ、と彼は心の中で思った。
自分の考えを明確に述べられるようになった今この瞬間、
彼は自分が決定的な一歩を踏み出したように感じた。
全ての行動の結果はその行動自体に含まれるのだ。
彼は書いた。」

体制に疑問をもった中間層の主人公は
権力者に更生させられ意志を持たぬ人間に矯正させられた。

そして最後には本末尾の体制とのやりとりに繋がるのである。
極論に見えるが、日本も実態は権力者の意の通り
動いているのではないだろうか。

「ある意味では党の世界観はそれを理解できない人間にこそ
もっともうまく受け入れられるのだ。
彼らは現実に対するもっともひどい侵害を受け入れることができるのだ。
それは自分たちに要求されていることがいかにひどいことか
ちゃんと理解していないからでもあるし、
あまり社会の出来事に関心がないために
何が起きているのか気づかないからでもある。
理解力が乏しいために彼らは正気でいられるのだ。
彼らはただ全てを飲み込み、飲み込んだ物は彼らに害を与えないのだ。
なぜならちょうどとうもろこしの一粒が消化されることなく
鳥の体を通り抜けるようにそれは彼らの上を通り過ぎるだけだからだ。」

近年の日本の選挙の姿そのもの。
政治家はそんな状況を上手く利用して
やりたい放題。
集団的自衛権の行使なんかもその一つで
いつの間に憲法解釈まで歪曲させられ
国民は戦争ビジネスに引き吊り込まれ
いずれは戦場に送り込まれるという
今の感覚では信じられない事態を強制されるかもしれない。
ただそうなった時には、そんな事態もちっともおかしいとは思わず
無力に受け入れてしまっているかもしれない。

「現代の戦争は各自の目的に対して、各自の統治者集団によって
おこなわれており、その目的は侵略したりそれを防いだり
することではなく社会構造を無傷で維持することになったのだ。
(中略)完全に永続する平和は永続する戦争と同じことなのだ。
これが……党員の大部分が表面的にしか理解していない……
党のスローガンである戦争は平和の隠された意味なのだ。」

『過去の専制君主の命じるところは「汝、かくあるべからず」だった。
全体主義者の命じるところは「汝、かくあるべし」だった。
我々の命じるところは「汝、かくなり」だ。』


「もしいつか私たちがそうするように指示をだしたら自殺をする覚悟はできていますね?」
「はい」

にほんブログ村 犬ブログ ボストンテリアへ にほんブログ村

コメントの投稿

SECRET

トラックバック

この記事のトラックバックアドレス

→この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

コタロー  (ボストンテリア)

Author:コタロー  (ボストンテリア)
全ての時間に記憶を刻め!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

訪問者累計(since 2014 4 1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR