「暴力はどこからきたか」 / 山極寿一

こんばんは、コタローです!

最近、理科系本を結果的に読んでしまっている。
この本のきっかけは、先日の新聞のコラムで京都大学総長になられた
山極さんのインタビューが掲載され、そこに著書も紹介されていた。
専門は霊長類学で特にゴリラの研究をされている。

記事で目を引いたキーワードは「ゴリラ」

たまたま知り合いに京大の研究員で霊長類を専門とし、同じく
ゴリラとチンパンジーを研究している人がいる。そこでピピッと
繋がり、本を手に取った次第。
その知り合いは年に一回ぐらいだが、彼の(アマチュア・ロック)の
コンサートに行く間柄だ。

「暴力」の極みは「戦争」だが、その戦争は頭の良い指導層が仕掛けた
弱いものからの搾取の手段
こんなどうしようもない人間社会に比べ、人間の御先祖であるゴリラは
いかつく凶暴な風貌だが実は「平和主義者」。
山極氏はその進化の延長にある「暴力」にウンザリしている。

「人間の男達の戦う意味は、家族を生かすために、
共同体の誇りを守るために、傷つき死ぬことである。(中略)
あくまで人間の戦う動機は共同体の内部にある。
現代の戦争は、そういった人間の社会性と心理を
為政者がうまく操り、国家や民族集団に奉仕させようとして
起きているのだ。」

山際氏は御先祖様に立ち返って、人間社会を立て直すことを
願っているが、これだけ情報(ほとんどインチキ)が溢れた人間社会は
今以上に出鱈目な社会へと突き進むしかないと思う。
ただそんな人間社会でどういったスタンスと思想をもって生きていくか
が個々人にとっての課題であると思う。

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人間は教育されたサル。
そんなサル達の現世はお金第一主義の世の中
お金があれば「幸せ」なのか?
(確かに生きていく上である程度のお金は必要だが、度を超えた
お金を抱え込む世のお金持ち達はやはり正常とはいえない)
ある程度のお金で「幸せ」な時間を得ることが真っ当ではないか?
今の教育も全くもって正しいと思えないが、そんな教育を反面教師として、
個々人が良く考え、人間という生き物の「幸せ」を真剣に考えて
いかなければならないと思う。


「人間の手は武器ではなく、食物を運んで
家族を養うために発達したというわけだ。」

「ニホンザルの優劣社会と違って、類人猿の食には
劣位者が食物を前にして優位者に自制を要求する
という特徴がある。

(中略)共食をすることで、互いにきずなや
協力関係にあることを確認できるのである。

(中略)共食はどの文化でも家族を超えた仲間に対して
行われており、隣人に食物を与えない家族は軽蔑され、
みんなに後ろ指を指されることになる。
人類は性を家族内に閉じ込めたかわりに、
食を公開して共同行為に発展させたのである。」


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